願慶寺・・・末寺が二十ヶ寺もあり、
寺院では珍しく豪華な設備であった為、
当時、越前侯上下の際の本陣となっていた。
今も残る塀越の松、侯が通る際、どうも枝が引っかかりそう
だというだけで壇徒達の哀訴も聞き入れず簡単に枝が落と
されてしまったという。当時大名の暴威圧制がしのばれる話。